ホテルルワンダを観ていろんなことを思う。
まず、ふわっとした感じで軽く思うことは、
紛争の悲惨さだ。
隣人同士で殺しあう。しかも、鉈で。
それによって、何十万の人が亡くなったのか。
映画ではほとんど描かれてなかったけど。
僕の想像を絶していることだけは分かる。
僕はこの悲惨さをリアルに感じることは一生ないだろう。
もっとも、印象に残ったのは、
孤児や女性などを含めた虐殺される側の人々を置き去りにして、
報道記者などの外国人が国外退去する時に言った「恥ずかしい」という言葉だ。
ルワンダの人と先進国の人は全く違う人間である
という現実を象徴的に描いたシーンを強調するセリフだ。
ルワンダ虐殺の報道をどんなに世界中に流したとしても、
先進国はルワンダに救いの手を差し伸べはしない。
たとえ同じ黒人でも、ルワンダの人は「ニガー」ですらないから。
逆に、どんなに現地に入り込んで虐殺される側の人々と親密になったとしても、
先進国の人間は守られる側の人間。
力も金もある先進国が、アフリカで起きている悲惨な紛争解決に手を貸さない現実を、
「恥ずかしい」というのなら確かにそうだと思う。
しかし、僕が印象付けられた理由はそーゆうことではない。
なぜ、虐殺する側の軍人はあんなに多くの武器をもっているのか?
なぜ、虐殺する側の民兵と呼ばれる一般人が中国産の鉈をもっているのか?
そもそも、なぜ、民族紛争が起きているのか?
全体像を正確に描くことは政治的な問題があるかもしれないが、
そういったことから目を逸らすような演出が「恥ずかしい」という言葉のような気がして。
紛争に救いの手を差し伸べられない「恥ずかしい」の中に、
紛争の原因を作ってしまった「恥ずかしい」は含まれているのだろうか?
先進国がアフリカに引いた国境線や
先進国がどんどん推し進めているグローバル化や
先進国が世界中におしつけている民主主義は、紛争の原因にはなっていないのだろうか?
そこのところをもっと知りたい。
先進国の人間として